長野市(長野) 茶臼山(729.9m) 2023年12月31日  カウント:画像読み出し不能

所要時間  4:19 中尾山温泉第二駐車場−−4:23 車道終点(登山口)−−4:37 廃林道を離れる−−4:43 祠−−4:49 尾根取付(標高560m付近)−−5:00 尾根に出る(標高630m鞍部)−−5:13 東の展望地−−5:20 西の展望地−−5:27 茶臼山−−5:43 640m鞍部(一本松)−−5:55 祠−−5:58 廃林道−−6:07 車道終点(登山口)−−6:10 中尾山温泉第二駐車場

場所長野県長野市
年月日2023年12月31日 日帰り
天候みぞれ
山行種類一般登山+プチ藪山
交通手段マイカー
駐車場車道終点に広い駐車余地ありだが今は工事中で利用不可。中尾山温泉第二駐車場を利用
登山道の有無往路の尾根取付〜東の展望場所間以外は登山道あり
籔の有無登山道が無い区間は薄い灌木藪
危険個所の有無無し
山頂の展望無し
GPSトラックログ
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コメント2023年最後の山が茶臼山。雨が本降りになる前に山頂を往復したが、登山開始時から弱いみぞれが降っていて、途中では一時本降りになって傘を差して歩いた。雪にならなかったので気温は高めだった




中尾山温泉第二駐車場 砂防ダム工事中のため登山口までは車は入れない
登山口 まだ雪が残っていた
廃林道 廃林道から登山道に移る箇所
倒木
ここで登山道を離れて斜面直登 急斜面登り中。ルートを選べば藪はほぼ無い
630m鞍部で尾根に出る。道は無いが目印あり 境界標識
二重山稜の東側の尾根に乗る 東の展望地から見た長野市街地の夜景
西の展望地から見た夜景。人家の光は疎ら 茶臼山山頂
一本松(640m鞍部) 廃林道に合流
登山口 中尾山温泉
中尾山温泉第二駐車場


 2023年もおしまいの大晦日。前日は軽く茶臼山に登ったのだが、下山後に悪寒がして微熱が続き、翌日(大晦日)は朝から頭痛もしていた。おまけに雨雲レーダーを見ると西や北から雨雲が接近中で、鏡台山付近は本降りの雨になりそうだ。今日は山はお休みしようかとも思ったのだが、明日は冬型の気圧配置に変わって寒さが増す予報であり、茶臼山は軽い雨程度で済みそうなので無理をして今年最後の山へ出かけることにした。

 いつものように無人の中尾山温泉第二駐車場に駐車。第一駐車場は半分程度埋まっていて年末年始で宿泊客がそれなりにいるようだ。ヘッドライトを点灯して歩き出すが、車の運転中は雨かと思っていたのがみぞれに変わっていた。乾いた雪なら普段着でも濡れることはないが、みぞれでは濡れてしまうので傘を持って出発。今の強さでは傘を差さなくても濡れない程度だが、今後は雨雲の接近で強まる可能性がある。

 登山口から登山道へ入り高度を上げていく。昨日、雪が残っていた場所はそのまま雪が残っていた。昨日は好天で気温が上がって雪が溶けたかと思ったのだが、日陰では雪が溶けないくらいまでしか気温が上がらなかったようだ。

 みぞれが強まって藪が濡れていたら素直に登山道を登る計画だったが、ここまではみぞれの強さは弱いままで傘を使う必要が無かったので、今回も登山道を離れてショートカットルートに入る。右にトラバースしつつ急斜面を登って630m鞍部へ。尾根を辿って694m峰てっぺん手前で左にルート変更して二重山稜の東側尾根に乗り移って最低鞍部で東の展望地。みぞれは弱いままのようで市街地の夜景の光ははっきりと見えていた。

 登山道に乗って西の展望地に出るとこちらも光がはっきり見えていたので、まだ西側の地域でも雨量は僅からしかった。このまま傘の出番が無ければいいが。

 茶臼山山頂分岐で左に曲がって今年最後の山頂へ到着。標高700mちょっとでも雪にはなっておらず周囲には雪は皆無だった。年末で全く雪が無いのは珍しいような。

 帰りは終始登山道を歩いて下山。しかし東の展望地付近から雨が本格化。この時はみぞれではなく完全に雨で、傘を差して歩いた。ただし本降りの時間は5分位で、再び傘が不要な弱い雨に戻った。

 中尾山温泉到着時はまだ真っ暗な時間帯で、温泉宿の明かりもまだ少ない状態のまま。長靴のまま車に乗り込んで帰宅し、着替えてすぐに布団に潜り込んだ。歩いている最中は運動で自己発熱して風邪の発熱は感じることはなかったが、体を動かさないと悪寒がして明らかに熱が出ていた。久しぶりに風邪薬を飲んで、結局は三元日は山に出かけることなく自宅療養で年が明けた。


 熱を出して寝込んでいる間に能登半島の大地震が発生。長野ではその数分前に微かな揺れを感じたが気のせいかなぁと思うくらい弱かった。しかし本震では長野市で震度5弱の揺れで、周期は長かったが揺れ幅が大きく、棚の物が落ちるかと本気で心配して飛び起きたほどだった。急いでTVを点けると日本海沿岸に大津波警報が出ていて震源は能登半島付近、M5.7、最大震度5強と表示されていたが、これは本震の前の揺れのことで、10分くらい後にM7.6、最大震度7との情報が。その後は何度も緊急地震速報が流れ、そのうち何度かは長野でも揺れを感じられた。数分毎に余震が発生し、TVの地震速報が間に合っていないようだった。

 地震発生が夕方で徐々に暗くなってくる時間帯で、空からの広域の状況把握が既に不可能な状態であり、当日夕方から夜の時点では津波を含めて被害状況はほとんど入っていなかったが、翌日、明るくなってから徐々に被害の大きさがはっきりとしてきた。しかし、怪我人の数や死者数が分かるまでに数日かかるとは思わなかった。地震翌日の時点で死者は1、2名と出ていたのが、3日後の夕方には死者84名で、未だ安否不明者が180人近くいるとのこと。死者数に関しては戦後の地震災害では東日本大震災、阪神淡路大震災に次いで3番目の多さとのことだ。建物の被害についても被害が大きかった地域は1月5日時点でもまだ全容が把握しきれていない。これは道路が寸断されて孤立し調査に入れない地域があることも原因の一つだろう。今回は半島が被害現場で周囲は海岸線が多くて道路が少なく、アクセスは能登半島の付け根しかないのは痛い。船やヘリでの支援物資輸送も始まっているようだが、やはり陸路と比較すると輸送効率は落ちるだろう。特に船の場合は物資を陸揚げした後が問題となろう。


 元旦から大変なことになったと思ったら、翌日は夕方にUターンラッシュさなかの羽田空港で民間航空機(JAL)と海上保安庁の飛行機が滑走路上で激突して炎上する大事故が発生した。羽田空港は数時間に渡って全滑走路が閉鎖され、その後は事故があった滑走路以外は運用再開したが、滑走路1本が使えなくなったので容量ダウンにより欠航が多数発生して大混乱のようだ。海上保安庁の飛行機では乗員5名が死亡、1名が重傷で、JAL機は衝突直後に大炎上して機体はほとんど燃えてしまったが、けが人は出たものの奇跡的にも全員が脱出に成功して死者は出なかった。まだ衝突原因は特定されていないが、正式な事故調査報告が出るまでに1年以上はかかるのが通常である。羽田空港の運用が元に戻るまで数日はかかりそうである。


 このように2024年の年明けは日本では大災害と大事故での幕開けとなってしまった。国際情勢ではロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻が継続中で、食料や原油価格が気がかりである(ガソリン価格は高止まりしたまま)。景気に関しては中国の減速が世界に影響を及ぼしそうだし、アメリカも今年は景気後退が懸念される。おまけにアメリカでは11月に大統領選挙があり、もしトランプ氏が復活したらさらに国際情勢の先行きはいっそう見通せなくなるだろう。国内政治は今年は大きな選挙は予定されていないが、今は自民党が混乱状態で先行き不透明。いったい、2024年はどうなってしまうのだろうか。

 

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